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大阪高等裁判所 昭和49年(う)3号 判決

控訴人 検察官

被告人 武内等 外三名

検察官 樫原義夫

主文

原判決を破棄する。

被告人武内等を懲役一年八月及び罰金二〇万円に、

同太田富夫、同上田平介をそれぞれ懲役一年四月及び罰金一五万円に、

同室友英を懲役一〇月及び罰金一〇万円に、

各処する。

被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人らに対し、この裁判確定の日からいずれも三年間その懲役刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用中、国選弁護人村地勉に支給したものは被告人室友英の負担とし、証人岡田照彦、同末永節三に支給したものは被告人らの連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、神戸地方検察庁検察官吉川芳郎作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人米田泰邦作成の答弁書記載のとおりであるのでこれを引用する。

論旨は法令適用の誤を主張するものであつて、要するに原判決は本件公訴事実中、被告人四名に対する出入国管理令違反幇助の訴因につきその本位的訴因である「被告人四名は共謀のうえ、タイ国籍を有する外国人であるトツクことチヤルンスリースモンダーほか四名(ただし被告人室友英についてはシーことパイヨンスイ・ジンデイを除く三名)が、おのおのの在留資格は「観光客」とその旅券に記載されているのに、該在留資格の変更を受けないで、別紙一覧表(一)(原判決の別紙一覧表(一)と同じ)記載のとおり昭和四七年一〇月二五日ころから昭和四八年一月一八日(ただし、被告人室友英については昭和四七年一一月八日)ころまでの間、神戸市生田区北長狭通二丁目一〇番地クラブ「シヤルル」ほか三か所(ただし、被告人室友英についてはクラブ「吟子」を除く二か所)のクラブにおいて、ホステスとして稼動し、当該在留資格以外の在留資格に属するものの行なうべき活動をもつぱら明らかに行なつた際、同人らに旅費などを支給してタイ国より本邦に入国させ、右クラブのホステスとして就労を仲介するなどし、もつて同人らの右犯行を容易ならしめて幇助したものである。」(出入国管理令七〇条四号、刑法六二条一項)との事実及び予備的訴因である「被告人四名は共謀のうえ、右四名の外国人がその在留資格に属する者の行なうべき活動以外の活動をしようとするときは法務大臣の許可を受けなければならないのにその許可を受けないで前記ホステスとして稼動し、当該在留資格に属する者の行なうべき活動以外の活動を行なつた際、同人らに旅費などを支給してタイ国より本邦に入国させ、法務大臣の前記許可を受けないまま右クラブのホステスとして就労を仲介するなどし、もつて同人らの右犯行を容易ならしめて幇助したものである。」(出入国管理令一九条二項、七三条、刑法六二条一項)との事実につき各訴因の事実は概ねこれを認めることができるとしながら、本位的訴因については外国人の在留資格は出入国管理令四条一項一号ないし一六号に定められ本件におけるようなホステスはそのいずれにも該当せず、同令二〇条一項による観光客は在留資格の変更を受けることができないから、観光客たる本件タイ国女性に対し在留資格の変更義務を課することは法律上不能を強いることになり、この義務のあることを前提とする本位的訴因は成立の余地がなく罪とならない、とし、予備的訴因については、出入国管理令一九条二項は、前項の外国人はその在留資格に属する者の行なうべき活動以外の活動をしようとするときは、法務省令で定める手続によりあらかじめ法務大臣の許可を受けなければならないと規定し、一方同令七三条は、第一九条二項の規定に違反して許可を受けなかつた者は六月以下の懲役若しくは禁こ又は三万円以下の罰金に処すると規定しており、他の諸多の違反罪が○○の規定に違反して許可を受けないで○○(作為)した者もしくは△△の規定に違反して○○(作為)した者又は△△の規定に違反した者を処罰すると規定しているのと趣を異にしていることによつてみると、同令七三条は同令一九条二項のような情況において許可を受けなかつたという不作為を構成要件として処罰するものであつて、許可を受けないで行なつた行為は同令七〇条四号の場合を除いて処罰されるものではないと解すべきものであり、被告人らが本犯が許可を受けないで行なつた行為に加担したことは明らかであるが、被告人らが本犯が許可を受けなかつたことに加担した事実は認められず犯罪の証明がない、として被告人らに対し無罪を言渡した。しかしながら、原判決の右本位的訴因についての判断はともかくとして、予備的訴因については、同令七三条違反の罪は一定の在留資格をもつて本邦に在留する外国人が、あらかじめ法務大臣の許可を受けないままその在留資格に属する者の行なうべき活動以外の活動を行なつたことによつて成立する作為犯であると解すべきものであり、すなわち同令四条は在留資格とは「外国人が本邦に在留するについて、本邦において左に掲げる者のいずれか一に該当する者としての活動を行なうことができる当該外国人の資格をいう」と規定し、同令一九条二項は「前項の外国人は、その在留資格に属する者の行なうべき活動以外の活動をしようとするときは、法務省令で定める手続により、あらかじめ法務大臣の許可を受けなければならない」と規定し、さらに同令七三条が一九条二項の規定に違反して許可を受けなかつた者を処罰する旨規定している点にかんがみれば、同令は本邦に在留する外国人はその有する在留資格に応じ当該在留資格に属する者が行なうべき活動をすることはできるが、それ以外の活動をすることは一般的に禁止されており、あらかじめ法務大臣の許可を受けた場合にのみ、その範囲内で資格外の活動ができるということを規定したものと解され、したがつて同令一九条二項は法務大臣の許可なくして資格外の活動を行なつてはならないという不作為義務を当然の前提とするものであるから、同令七三条の罪は右不作為義務に違反する作為犯と解すべきものである。

原判決のように不作為犯であるとみると犯罪の定型性が著しくあいまいとなりひいては罪刑法定主義にももとる結果になり、既遂時期が不明確となり、さらに他の許可制を前提とした類似の犯罪との統一的解釈をみだすことにもなり合理的でなく、原判決は同令七三条の解釈適用を誤つている、というのである。

よつて検討するに、原判決が本件公訴事実中所論の被告人四名に対する出入国管理令違反幇助の事実につきその本位的訴因について所論の理由で罪とならないものとし、またその予備的訴因について所論の理由で犯罪の証明がないとし、右事実につき、いずれも被告人四名に無罪を言渡したことは本件記録及び原判決により明らかである。

ところで所論は原判決の右判断のうち本位的訴因に関する点について何ら触れるところがなく、もつぱら予備的訴因に関する判断の誤を主張するのであるが、右主張の当否の判断は暫く措き、原判決の右本位的訴因に関する判断の当否につき職権をもつて案ずるに、出入国管理令七〇条四号は「旅券に記載された在留資格の変更を受けないで当該在留資格以外の在留資格に属する者の行なうべき活動をもつぱら行なつていると明らかに認められる者」を処罰の対象としているのであるが、同令四条一項が、外国人(乗員を除く)はこの政令中に特別の規定がある場合を除く外、左に掲げる者のいずれか一に該当する者としての在留資格を有しなければ本邦に上陸することはできない、と定め、右の在留資格とは外国人が本邦に在留するについて本邦において左に掲げる者のいずれか一に該当する者としての活動を行なうことができる当該外国人の資格をいうと定義して一六種類の在留資格を定め、同令一九条一項が、本邦に在留する外国人は第一三条から前条までに規定する上陸の許可を受けた場合を除く外、第九条三項の規定(註、上陸許可の証印をする場合に在留資格及び在留期間の決定をし旅券にその旨明示するという規定)により決定された在留資格をもつて在留するものとすると定め、同令一九条二項が、前項の外国人はその行なうべき活動以外の活動をしようとするときは法務省令で定める手続によりあらかじめ法務大臣の許可を受けなければならない、と定めているところから明らかなように、外国人はすべて同令の定める特定の在留資格を有しなければ本邦に上陸することが許されず、また上陸後の本邦在留に関してはそれぞれの在留資格につき定められた在留期間を超えて在留することはできずまた予め法務大臣の許可を受けた場合を除き与えられた在留資格に属する活動以外の活動をすることはできないものとされているのであるから、同令七〇条四号に「旅券に記載された在留資格の変更を受けないで当該在留資格に属する者以外の在留資格に属する者の行なうべき活動をもつぱら行なつていることが明らかな者」とは、旅券に記載された在留資格を有する外国人が同令二〇条一項により他の在留資格に変更を受けることができる者はもとよりその変更を受けることができない者が他の在留資格に属する者の行なうべき活動をもつぱら行なつていることが明らかな者をも含むものと解するのが相当である。原判決のいうように在留資格の変更を受けることができる者だけがこれに該当するとすると、もともと在留資格の変更を受けることができる者は同令七〇条四号により規制を受けるのに対し在留資格の変更を受けることができない者はかえつて規制を受けず自由に在留資格に属さない活動ができるという不合理な結果をきたすこととなり(なお同令七〇条四号と同一事由が同令二四条四号のイとして退去強制事由とされているから、右のように解すると処罰の対象とならないだけでなく退去強制の対象にもならず、その活動は全く自由であるという結果をきたす)、かような見解はとうてい採ることができない。原判決は原判決のように解しないと法律上不能を強いることになるというのであるが、一般に講学上許可を要する行為を許可を受けないで行なつた者が処罰の対象となる場合において、法令上欠格事由のある者が許可を受けないで右行為を行なつた場合をも処罰するものとする立法例は多数みられるところであり(例えば道路交通法一一八条一項一号の無免許運転の処罰の如し)、かような欠格事由者を法律上不能を強いるものとして処罰の対象から除外することは当該立法による行政目的達成上合理的ではないのであつて、他の在留資格への変更を認められない在留資格を有する外国人を出入国管理令七〇条四号の対象から除外しこれに全く自由な活動を許すとすることは同令一条の目的にそぐわないものと考えられる。かような者は当該在留資格に基づく在留期間を経過すればすみやかに本邦から出国のうえ必要があれば目的とする在留資格を得て本邦に再上陸し当該在留資格に相応する活動をする途が開かれているのであるから、同令七〇条四号の処罰の対象にこれらの者を含ませてもなんら法律上不能を強いるものということはできない。そしてクラブのホステスの如きは同令上典型的な在留資格としては規定されていないけれども、単純労働に従事する者として同令四条一項一六号により法務省令で特に在留資格として定めうる途が開かれていないわけではないから(昭和二七年外務省令第一四号一項三号参照)、クラブのホステスに従事することは出入国管理令上は右一六号の在留資格に属する者の行なうべき活動に該当するものと解せられる。そうすると、本位的訴因にいう観光客としての在留資格を有する外国人女性が在留資格の変更を受けないでもつぱらクラブにおいてホステスとして稼働した所為は出入国管理令七〇条四号に該当し、これら女性に旅費などを支給してタイ国より本邦に入国させ、ホステスとして就労を仲介する等した被告人らの所為はその幇助犯を構成することは明らかである。そうすると右所為を罪とならないものとした原判決は同令七〇条四号の解釈を誤つたものであり、右誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄を免れない。

よつて論旨に対する判断を省略し、被告人四名の右出入国管理令違反の罪と同人らのその他の各罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして起訴されているので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を全部破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいさらに次のとおり判決することとする。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実の第一の(三)として、

第一の(三) 被告人四名は共謀のうえ、タイ国籍を有する外国人であるトツクことチヤルンスリー・スモンダーほか四名(ただし被告人室友英についてはシーことバイヨンスイ・ジンデイを除く三名)が、おのおの在留資格は「観光客」とその旅券に記載されているのに、該在留資格の変更を受けないで、別紙一覧表(一)記載のとおり、昭和四七年一〇月二五日ころから昭和四八年一月一八日(ただし被告人室友英については昭和四七年一一月八日)ころまでの間、神戸市生田区北長狭通二丁目一〇、クラブ「シヤルル」ほか三か所(ただし被告人室友英についてはクラブ「吟子」を除く二か所)のクラブにおいて、ホステスとして稼働し、当該在留資格以外の在留資格に属するものの行なうべき活動をもつぱら明らかに行なつた際、右クラブのホステスとして就労を仲介するなどし、もつて同人らの右犯行を容易ならしめて幇助し、

と付加するほかは原判示のとおりである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人四名の判示第一の(一)の所為は職業安定法三三条一項、六四条二号、刑法六〇条に、判示第一の(三)の所為は出入国管理令七〇条四号、刑法六二条一項、六〇条に、判示第二の所為は売春防止法一二条、六〇条に、被告人武内、同太田、同上田の判示第一の(二)の所為は労働基準法六条、一一八条一項、刑法六〇条に、被告人武内、同太田の判示第三の各所為は外国人登録法三条一項、一八条一項二号、刑法六〇条に各該当するが、被告人武内、同太田、同上田の判示第一の(一)、(二)の各罪はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので同法五四条一項前段、一〇条により重い判示第一の(二)の罪の刑に従つて処断し所定刑中懲役刑を選択し、被告人武田、同太田の判示第三の罪被告人らの判示第一の(三)の罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、また判示第一の(三)の罪は従犯であるので刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、各被告人の以上関係各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、各同法四七条本文、一〇条により懲役刑については最も重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限にしたがつて法定の加重をし、その刑期の範囲内および所定罰金額の範囲内で、被告人武内を懲役一年八月及び罰金二〇万円に、被告人太田、同上田を懲役一年四月及び罰金一五万円に、被告人室を懲役一〇月及び罰金一〇万円に処し、刑法一八条により被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、同法二五条一項により被告人らに対しそれぞれこの裁判確定の日から各三年間その懲役刑の執行を猶予することとし、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 尾鼻輝次 裁判官 小河厳)

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